留学考

【周囲の反応編】

北京 台湾
両親の反応は絶対反対だった。
私は留学を経験するまで、長期で親元を離れた事が無く、
両親も私一人遅れた国に行かせるのは心配だという気持ちが
一番大きいからだろう。
また古い頭の両親は、私は当時25歳で、
貯金全額はたいての留学は帰国後また仕事してある程度お金を貯めて、
結婚資金にしなければ行けない、
すなわち婚期が更に遅れるという事も大きな心配だったかもしれない。
その時私の両親の反対を大きく覆したのは彼(今の旦那)の存在だった。
彼の存在を私はなかなか言い出せなかったが、
私の態度から、両親は彼の存在を知り、
彼が得体の知れない外国人と付き合う事は
私の留学以上に受け入れられない事だと思ったらしく、
母から「あの人を忘れる為に留学しなさい」と言ってくれた。
私もそのつもりで留学した。
(それがなんで結婚までいったのかは、
「SARA & TONY」のページでおいおい出てくるだろうから、
ここでは割愛します。)

友人の反応はおおむね良好。
寂しくなるといってくれた友人もいる。
大抵は「かっこいいね」「がんばってね」等など。
私の仕事が当時小さい貿易会社の事務員で、
日ごろから閉塞感を感じているとこぼしていたからだろう。
新しい世界を開いていってくれという、優しさを感じていた。
実際当時の仕事は会社の形態そのものに問題があり、
辞めたくて辞めたくて仕方なかった。
留学を終えて、じゃ次の仕事はどうするかと考えるのが普通だが、
私の場合、今の会社よりひどい所の就職はないだろうと思っていた。

私は9月留学だったが、
時期的にも日本人・韓国人は案外社会人を経験して
留学している人が結構いた。
(欧米人は大学を休学してとか、
大学のカリキュラムの一環で来ている人が結構多かったが)
中国人の彼氏を追いかけてという人もちらほらいた。

これより前に私は大学3年を終えた春休みに上海短期留学をしたが、
その時はほとんどが大学生。
一人二人お金持ちの奥様とか、定年を迎えた人など、
時間のあるお年を召した人もいたが。
北京留学ではお年を召した人が一割ぐらいいたのではないのだろうか。
夫婦で留学していた人もいた(中には子供を北京で産んだ人も)。
定年を迎え、奥様には退職金で家を買ってあげて、
単身留学に来た叔父様もいた。
50歳の元船乗りと言うイタリア人の叔父様は、
世界中に中華料理のレストランと中国人がいて興味を持ったとの事。
日本に半分仕事を残して娘の結婚写真を胸に単身留学した
見た目40歳代の叔母様もいた。
私が所属したクラスや知り合いには駐在員留学は見なかったが、
なんだかバイタリティを感じ、あこがれた。
状況としては半分旦那との結婚が決まったような物で、
私自身台湾という所がどんな処か良く分からないという不安から、
台湾という地の下見的な意味での留学だった。
でも本来2年くらい大陸で留学したかったから、
勉強そのものは真剣に取り組もうと思っていました。

両親の反応はこの人(旦那)に半分嫁に出す覚悟でいたから、
もうしょうがないという感じで、そんなに反対はしなかった。

友人は結婚に対してもそれに付随する留学に対しても、
そんなに賛成じゃなかった。結構心配してくれた。
(実は未だに私に日本に帰って来いと言ってくれる友人もいる)



【学習内容編】

北京 台湾
月曜日から金曜日までの、午前中8時から12時まで。
一日に大体2,3科目あり。
レベルは8段階で、1クラス15人くらい。
最初にレベルクラス分けのテストで割り振る。

普通は一班を半年で修了。
私はテストの結果、下から3番目のクラスに割り振られたが、
ちょっとレベルが高いような気がして、
下から2番目のクラスに変えてもらった。
先生も生徒も比較的まじめで、
授業もアカデミックにみっちりと!という感じ。

予習・宿題(私はテスト前以外あまり復習しなかった)をサボるとついていけなくなる。
クラスのレベルが低ければ低いほど、却って手が抜けない。
最初の半年のクラス(下から2番目)では教科書が3冊
(つまり3科目)。文法、閲読、ヒアリング。
次の半年のクラス(下から3番目)では更に3科目増えた。
最初の半年は授業だけでノーミソがいっぱいになり、
午後は脳みそ疲労で昼寝をしないとやってられなかった。
(それまで昼寝の習慣が無い日本人でも、どうしても寝てしまう)
学校とは別の所でHSKという中国語検定がある。
(中国独自の検定)
月曜日から金曜日までで
基本料金は一日一科目2時間で、3ヶ月1学期である。
教科書は一科目一冊のみ。
(追加料金を支払えば何科目でも受けられる)
3ヶ月で終える事が出来なければ、次学期もその教科書で勉強。

1クラスは5,6人くらい。
最初の登録時に面接を兼ねた口頭試験があり、
その時に大体のクラスと使いたい教科書が決められる。

先生によって授業のレベルは大きく異なり、
私の最初のクラスについて言えば、
一日で通いたくなくなった。
せいぜい単語の予習はしたが、
あとは野となれ山となれ。
原因はあまり細かい事は言いたくないんですが、
要は授業らしい授業じゃなかったから。
(私が選択した教科書は商業会話だが、
たまにしか教科書に触れず先生が一人で話してて、
なかなか会話させてくれなかった…)

この学校にはは奨学金がある事で、
案外励みになっている人もいた。
思うに中国語のレベルが中級以上の人はものすごーーーーく物足りない。
ただし、生活に密着した中国語と言うのは台湾での方が学びやすいと思う。
それは以下の生活形態による為。

* 私の勝手な総括
中国語を基礎からアカデミックに勉強したければ、中国大陸の外国人受け入れに慣れた学校で勉強する。どうしても台湾で生活に密着した感じで語学の向上を図るなら、台湾の大学に入学する。

【留学生活形態】

北京 台湾
ちらほらホームステイや外でこっそり部屋を借りて、
通っている人もいたが、
基本的に留学生寮に入居しなければならない。
留学生寮は職員以外もちろん全員留学生。
この中にこもってると中国人との交流は難しい。
ただ、外から通うよりも宿泊費が安いし、近いし、
私個人はトイレやシャワールームを掃除しなくていいから
(お掃除おばさんがしてくれる)、勉強に集中できたと思う。

寮は基本的に二人部屋。
日本人が北京にしては当時比較的少ない学校だったので、
日本人同士の交友関係もまあまあ良好。
外国人留学生とも仲良く慣れたりした。
またこの大学は中国人学生の授業の中に
第二外国語で日本語が選択できるらしく、「互相学習」という名目で、
日本語に興味のある中国人学生と、
勉強しあったりする事もしやすかったし、
先生を目指す学校であるだけあって、
変な教え方をする中国人学生は少ない様だ。

アルバイトはしている人もいたが、基本的に厳禁。
手持ちの蓄えがそれなりにあったら、物価も安いし、
贅沢しなければする必要が無いのではないか?

費用は私は一年間できっかり100万円…といいたい所だが、
親から10万円援助、10万円借入れしちゃいました…
理由は北京−日本または台湾への膨大な国際電話代とたまに行く高級ホテルでの交際費>^_^<のせいです。
中には150万円で2年間留学しちゃう人もいますから…
ただし、これは私が留学した当時の話で、現在は北京・上海当たりだともっと必要だと思いますよ…

留学生寮と言う代物はない。
自分で部屋探しをしなくてはならない。

私は始め台湾留学の名目で最初3ヶ月だけ滞在し、
後に一回日本に戻って今後の事を決めようと思っていたので、
部屋探しにとても困難を極めた。

元々は安ホテルに泊まっていたが、
ここが北京の留学生寮以上にひどい所で、
(冬に熱湯が出ない、洗濯は有料、料理はインスタント物など、
本当に簡単な物しか作れず、
割とたちの悪い欧米人などもいた)
麻薬が出回っていると聞いてからは、
一刻も早くそこを出たかった。

部屋探しが困難を極めたのは、
私の台湾滞在予定期間が短すぎる事にある。
普通借家契約は最低でも半年、
普通は一年単位らしい。
部屋は学校の掲示板や町角に貼ってある、
赤い紙に黒字で書いた部屋募集の紙を見つけて、
直接電話し、大家さんやシェア主と交渉。
実費のみで賃貸アパート・マンションを紹介してくれる
情報機関、果ては不動産まで尋ねてみたが、
なかなか見つからない。
(丸々一ヶ月探し回りました。大した授業じゃ無いので、
かまわないのですが、予習・復習の時間確保に困難を来す)

何件か回って、
士林にある5階建ての公寓の屋上に建て増しされた3LKに、
元々住んでた三人の女性の内一人がたまたま2ヶ月契約を残して、
どうしてもそこを離れなければならないという事情が出来て、
一室空く為契約が切れる間シェアさせてもらうという形で、
2ヶ月強住む事にした。

エレベーターが無いので、部屋にあがるまで疲れるが、
私の部屋にはロフトがあり、
(ここは真夏はまあ暑いだろうなぁ…)
そこをベッドルームにしたら、6畳ほどの広さでも結構広く感じた。
この部屋に決めて以降私は部屋探しをしていない。

せっかく部屋が決まっても自分の事以外の要因で
(シェアしている相手との人間関係、大家さんとの関係、
または部屋や設備に問題がある等)
でまた新たに別の部屋を探さなければ行けない事態も発生する。
クラスメイトの中には一年の留学に4回ほど引っ越した人もいる)

アルバイトは本来厳禁。
だが実際来てみると日本語の家庭教師を中心に結構募集の掲示が見られる。
アルバイトしなくてすむならしない方がいいが、
先ず金銭的に厳しい状態の中で台湾に来た人、
正規の2時間しか授業を取らなくて、
時間が余って余って仕方が無く、
語学向上の為にも台湾での社会経験の為にもしてみたいという人は
やってみたらいかがだろう?
でも見つかると国外退去らしいので、御用心あれ…

なお、物価に関しては生活必需品的なもの
(中華食材、光熱費やバス代など公共機関での費用)
は日本より安いが、大陸よりは安くない。
最低限の生活で大丈夫というなら一年100万円ちょっとで行けるかもしれないが、
服を買いたい、日本の食材を買って自分で食事したい、
ちょっと高級な雰囲気の所で遊びたい(食事したい)となると、
事によっては日本より高くなる。
私はアルバイトせず、ある程度潤いのある生活をしたいとお思いになられるなら、
年150万円から200万円は必要だと思う。
ちなみに私が最初に3ヶ月留学した時はきっちり30万円でしたが、
結構カツカツ。
彼氏(旦那)がデートなどで、心が潤うような所に連れていってくれなければ、
結構ささくれ立った生活だったような気がします。
(それでも韓国人の同学と花蓮へ遊びにいけちゃいましたが)

あと、現地での交流ですが、
日本人同士または留学生同士での交流は、
中国大陸より外国人留学生を受け入れてくれる機関が少ないせいか、
一つの機関当たりの留学生の人数が本当に多いので、
かなり密になる可能性があります。
そうなった場合の功罪としては人間関係が留学生同士、
台湾人とはせいぜい房東(下宿先の大家さん)
くらいの知り合いにしかならなくなる可能性もあります。
でも、日本流行りの台湾の事、外向的な方なら、
すぐ台湾人の友達が出来ると思います。

現地人と交流する一番手っ取り早い方法として、
大陸で「互相学習」といい、こちらでは「語言交換」という自分の母国語を勉強し会う方法があります。
あとは、日本語教師で仲良くなるという方法もありますが。

* 生活形態総括*
私個人としては語学学習の最初の重要な時期において、部屋探しの為に勉強に集中できないのはどうかと思う。私のように台湾に来ても言葉に困らなければいいが、まったくの中国語初心者に部屋探しをさせる事になるのはどうだろうか?といって、北京の留学生寮の住環境が留学生を悩ませる事は無いとは言えない。

でも私は最初にある程度安定できる住環境が確保されて、勉強に集中し、一定の語学が出来る用になってから、部屋探しをした方が、何度も何度も引っ越す羽目になるような事はないと思う。房東(大家)の目から見ても短期間に何度も引っ越している店子は余りいい物ではない。台湾に留学する際にすでに部屋が確保されているような状況ならいいかもしれないが…
(通りで、台湾の方が、駐在員・商社マンや華僑の語学学習者が多いと思いました)
*日本を含め、他の国に留学する場合も、部屋は自分で捜すのが一般的なようなので、これはあくまで私個人の中国留学に対する意見です。

また台湾は物欲的、精神的に誘惑の場所が多いです。(住んでいる者としては、ありがたい限りですが)。パブやディスコ、日系デパート、日本の番組放送、哈日族…日本人に親切な人が多く、結構簡単な日本語が通じたりして、気を抜こうと思えば、いくらでも気が抜けるなと思います。(北京でも1年留学して、挨拶と数字しか言えないお気楽留学生がいましたが)

北京にもパブやディスコ、デパート等がありますが、やはり絶対数が台湾より少なく、日本でもある物を見つけたりすると結構感動したりします。日本の品物・食材は台湾も北京も同じくらいの金額ですが、台湾は平均物価も北京より高い為、同じ金額を見ても北京の方が馬鹿高く見えます。(まあ、買い控えの要素に出来ますが)