
中国語のお勉強は終わり、 暇を持て余した私は・・・ |
泊ったパオの中は、そんなに快適ではありませんでしたが・・・ |
とっても涼しいフホホト市内。 なかなか楽しいフホホト市内。 |
人生、出会いあり、別れありです。 |
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予定通り一年の北京語学留学が7月頭に終わり、一年の期限で留学をしようと計画していた人たちは、ちらほら自分の国に帰っていった。私はこのまま買えるのが惜しい気がして、次の学期が始まる8月半ばまで北京に残る事に決めた。
とりあえず、学校での勉強は終わったんだから、自分の中で打ち上げ的な意味を含めて、国内旅行をし、帰ってから先生に次のクラスの教科書を使って、ちょっとでも語学力の向上を図る事にした。
「北京的夏天像蒸籠」といわれるように、北京の夏は既に結構蒸し暑くなっていて、涼しい所に行きたくなった。内モンゴルはどうだろう?2年留学を予定していて北京に残っている友人を誘ってみると、いいねーという事になり、内モンゴルはフホホト行き決定。
他にも居残り組みでフホホトに行きたい人を募り、結構な大人数でフホホトに行く事になった。
本来小人数の旅行が好きな私だけど、今回大人数にしたのは、フホホトでのモンゴル草原ツアーは人数が多ければ多いほど、料金が頭割りになって安くなるから。前年9月から留学を開始した同学(私も含む・社会人を経てきた人が多い)3人、その年の3月に留学を開始した同学3人(大学を休学・または卒業してすぐ来た人が多い)の、全部で6人の旅行となった。
一路フホホトへ![]()

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さすがに湿度が低く、すずしい。
至る所にモンゴル語?の文字を目にする事ができます。
今気づいたけど、写真の角度が同じ・・・
![]() 真っ青な空と、 道のど真ん中にあったペンギンのごみ箱に感動。 |
バス停。 もちろんモンゴル語付き! ![]() |
白塔の寺というので、見に行ったら、空の青と白い塔のコントラストが見事!写真は仏舎利塔のようです。
お寺の本堂なども南部の寺や廟などに見られる、両端が跳ね上がったものではなく、真っ直ぐな屋根。
屋根が渋い緑で、とっても素敵。
下の写真はこの寺のお土産物屋にあった、モンゴル文字付き、モンゴル帝国で有名な人の似顔絵付き掛け軸。
左からジンギスカン・オゴタイハン・フビライハン。

パオ・ホテルまでの道中
パオ・ホテル
パーティ
その日の夜の事
日の出
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かなりの悶着を経て(一時、現地にいながらにして、いっそツアー参加をあきらめるかと思ったくらい)、二つほど旅行会社を回り、とあるホテルの中にあった旅行社が企画しているモンゴルツアーが安いので、それに参加する事に決定。
**悶着の内容は、人数の多さから出たいざこざが端を発した、私にとっては未だに訳の分からない内容で、今回の旅行の楽しさとは直接関係ないので、割愛します。私のその悶着に対する感想は「今の若い奴等はわけわからん」です。**
先ずはマイクロバスに乗って、市内のホテルを回って予約客を集めつつ郊外へ。
だんだん建築物が減少し、いつのまにか広がる草原!

(でもよーく地面を見ると芝生みたいにびっしり草が生えてるわけじゃありません。
最初に自分達が宿泊するパオ型宿泊施設に到着。
その後、馬に乗せてもらいました。
<この馬に乗った時も、料金の事で馬をひいてくれた人と悶着発生…(--;)>
それから現地の人のお宅へ。お茶を振る舞っていただきましたが、いかにも観光用という感じです。でも雰囲気が伝わって面白かったです。
自画自賛ですが、この地での写真は、写真取るの苦手な私でも、すごくアングルが良く取れてて、感動です。でもあまり複雑な物が無いから当たり前ですが。(写真は泊ったパオ型ホテル)
夜は施設の真中にある大きいパオで食事&ダンスパーティ。
食事は骨付き羊肉のかたまりを塩で茹でただけのもので、私には口に合いませんでした。でもミルクティーがすごくおいしかったです。モンゴル民族の衣装を着けた人が、歌いながら参加者に馬乳酒というお酒を振る舞ってくれますが、私にとってはアルコール度が高そうで(私はビールやチュウハイ程度の物しか飲めません)、ちょっと口をつけただけにしました。ダンスタイムは結構盛り上がって、楽しかったです。
ついでにこんな写真も取ってしまいました。ダンスパーティで見かけた、モンゴルのホモです。この人たちはお客さんだったので、モンゴル人ではないかもしれませんが・・・
私がここで感動したのは夜です。
私は目が悪く、仕事や勉強をする時やパソコンをいじる時は眼鏡、遊びに行く時はコンタクトをしてて、眼鏡を掛けないと、ちょっと恐くて昼間でも外を歩けません。その時は夜、一旦布団に入ってから、どうしてもトイレに行きたくなったのですが、夜はパオの中の電気は完全消灯で自分で明かりを点けられないので、真っ暗な中、自分がはずした眼鏡を見つける事ができず、仕方なく外にある共同トイレ(ちなみにドア付き・囲い付きです)に裸眼で行きました。用を足して、ふと外を見上げるとそこは満天の星!!プラネタリウムなんてものじゃありません!
しかも遮る建築物や山が無いので、ひろーいひろーい大空を埋め尽くす本当の満天!
日本では、どんなに天気が良くても、眼鏡を外すと一等星を見るのも危ういのに、こんなに目の悪い私が、裸眼で無数にある星を確認できたのです!!
モンゴル人やアフリカ人は目がいいと聞いています。彼らから見たら、これらの星星はどのように見えているのでしょう。きっと宝石箱をぶちまけたように見えるのではないでしょうか?
パオに戻れば、中は真っ暗。どうせ眼鏡は見つからないし、私はもう少し裸眼で満天の星星を鑑賞してみる事にしました。
翌朝。
前の日から聞いていたのですが、早朝の乗馬を誘いに呼びに来る人がいるから、乗りたい人は彼についていってくださいと言われてましたが、まさかこんな早い時間に呼びに来るとは!まだ5時だぞ!
でも、草原の朝日を見ようとまだまだ暗い中、外に出てみました。市内の昼間は30度近くまで気温が上がってましたが、さすがに内陸。朝はものすごく冷え込み、夏服しか持ってきてなかった私たちは、布団をみの虫のように被って外に出ました。
徐々に昇ってくる朝日![]() |
![]() 結構感動です!しかもその朝日の中を誰かが蒙古馬に乗って駆けてくる! ものすごく絵になるポーズ!心にじーんと来る光景でした… *写真右端は駆けてきたお馬さんの頭 |
このお馬さんが駆けてきたんです。お疲れさんでした。

翌日朝食を摂った後、再びマイクロバスに乗って市内へ。
マイクロバスの中でモンゴル人の女性ガイドさんはいろいろモンゴルの事を話してくれました。内モンゴルと外モンゴル(モンゴル人民共和国の人)とは言葉が通じるのか?と質問すると、話し方が若干違うが、言ってる事は分かるとの事。大陸の中国語と台湾の中国語の差ぐらいなものかな?
草原の草はその時はいつもより、ずっと少なかったそうです。(2000年現在は干ばつで大変な事になってるみたいですね)
あの内モンゴルツアーのスタッフのほとんどが、漢民族だって言うのはちょっと聞きたくなかったな。でも、それを聞いて乗馬の時に馬をひいてくれた人(漢民族)と料金でもめた事はちょっと納得です。
このガイドさんは地元の大学を卒業したばかりで、この時はアルバイトでガイドをしているようでしたが、まじめだし、私たちの質問に端的に答えてくれるし、明るくてとても親しみやすいガイドさんでした。彼女は北京に就職する事が決まっていて、北京に来た暁には、ぜひ会おう!と誓い、連絡先を彼女に渡して分かれました。
**実際彼女は北京に来てから、私に連絡をくれ、彼女の職場に2度ほど遊びに行きました**
市内についた頃にはすっかり昼になり、またまた気温は30度近くに。
その日の朝の様子がまるで夢のようでした。モンゴルツアーの後、別の所に旅行するという3月留学開始組とはそこで別れ、北京行きの列車の時間まではまだ時間があったので、私たちはもう少し、市内をぶらぶらする事に。
(写真は王昭君のお墓にあった石碑)
その時市内の繁華街で、ばったり旅行会社スタッフのモンゴル人と出会いました。この旅行会社は私たちが内モンゴルツアーを利用した旅行会社ではないのですが、値段交渉の際、いろいろ言う私たちの意見を嫌な顔せず黙って聞いていてくれ、結局断る事になったのに、それでもあっさり引き下がってくれました。
普通そういうことなら、私たちを見かけても黙って通り過ぎていきそうな物ですが、向こうからものすごくフレンドリーに話し掛けてきてくれて、とても嬉しかったです。彼らは、ひとしきり私たちと雑談をした後、来月にナーダム(モンゴル民族の民族大会…といってもモンゴル人の狩猟や乗馬・格闘技などの技を競う体育大会みたいな物)があり、来年には大規模なナーダムがあるから、よかったらおいでと言ってくれました。
なんていい人なんだー!あんなどろどろの言い合いを目の前で見せていた私たちに対して、優しい言葉…ものすごく感激しましたが、来月のその時期は私は帰国が差し迫っていて、ちょっと無理。とても後ろ髪を引かれる思いで、彼と分かれました。日本にいる私の友人に、ものすごくモンゴルが好きな人がいる。もし彼女を連れて、一緒にフホホトに来る機会があったら、ぜひ彼の旅行社に頼もうと心に決めました。
この旅は、その時、もうすぐ中国を離れる私にとって、いろんな意味でとても心に残るたびになりました。日本人同士の悶着は別にして、青い空、満天の星空、緑の大地、夜明けの馬、出会ったモンゴル人の明るさ、柔和さは忘れられません。